今日は、火曜日に観劇してきた劇団青年団の「銀河鉄道の夜」
昼の部の感想のようなものを書きたいと思います。
ちょっと長いです。
この台本はフランスで児童向けに上演するために平田オリザさんが書き下ろされたもので、
そのため宮沢賢治の作品に多く出てくるキリスト教の観念を多少削ってあります。
友達の死を乗り越えるジョバンニの成長がクローズアップされていました。
舞台は同じ大きさの箱がいくつも積まれたりばらばらに置かれたりしています。
抽象舞台でありながら、背景は具体的にプロジェクターで映されます。
背景としてのプロジェクターの使い方は非常に難しいと感じますが、
役者の演技と合っていて、かつ薄っぺらくならず機能していました。
カムパネルラが最後のシーンで背景の星空と同化していくのが切なくなりました。
「銀河鉄道の夜」は今までに多くの劇団が扱ってきたと思いますが、
今回の劇ではいちばん大枠の部分が表現されていたのではないかと思います。
すべての登場人物が女性5人で無理なく表現されていたので、
自分なりの登場人物の理想像をそこに見ることができたのではないでしょうか。
アフタートークを聞いていて一番私が衝撃を受けたのが、
「パリの子どもたちは演劇を観ることに慣れている」ということでした。
日本では演劇に限らず、クリエイターの方々はあまり地位が高くありません。
特に熊本では、演劇を生活のためにできる方はほとんどいません。
なぜなら、演劇に興味がある人が少ないからです。
平均月に一本ほど市内、それも中央区内でどこかの劇団が上演しているのに、
世間には公演が行われていることすらあまり知られていません。
ほとんどの場合、特に小さな劇団では客席は知り合いばかりです。
演劇を「つくる」側の人たち。
演劇をちょっとだけでも認識の範囲に入れてもらうには、
子どもの頃からなんとなくでも触れられる環境が必要なのだと思います。
今、熊本では実際にそれを頑張っている人たちがいます。
私もたまに(授業をサボって)参加させていただくことがありますが、
子どもへ、教育への働きかけの重要性を今日は改めて考えさせられました。
クマエンは子どもへの働きかけはなかなかできませんが、
高校生や大学生に訴えかけることならできるかもしれません。
そこにクマエンの、劇団ではないことの意味があると思うのです。
だから、だから……どうしたらいいのか、まだまとまりませんが。
まだ部員が増えたらいいな、という安直な考えしかありません。
その結果を新歓で出さないといけないという意味で、
今度の新歓は小品ですがじっくり時間をかける予定です。
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楽しみにしてます^^
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